トレーナーからの健康生活 全5部
  第1部 「ケガからもらった仕事」
        ナビスポーツアカデミー代表 スポーツトレーナー 櫻井優司氏


 私は昭和33年、葛飾区柴又に生まれまして45歳になります。
 見た目よりも年をくっているのか、
 若いのかよくわからないんですけれども、
 色が黒いですねってよく言われます。
 なぜかというと、とにかく現場に出ていることが、
 私の今一番生きる糧になっているからです。

 その現場というのはどんなところか。

 私は小学校5年生のときにスキーを始めました。
 小学校5年でスキーを始めたんですが、
 東京には雪がないので、
 山村留学といって、
 長野県の菅平というところに冬の間スキー留学をしました。
 雪が解けてくると東京に戻って来る、
 雪が降ると長野の学校にはいるという形で、
 何回も何回も往復をして、スキーのトレーニングを積んでまいりました。

 そうしてスキー技術に磨きをかけ
 東京都大会や関東大会にも出場するようになりました。
 その後、大学まで競技スキーを継続していたのですが、
 あるケガをきっかけに指導員に転向し、
 今日まで、多くの学生や社会人を指導してまいりました。
 多くのスキー学校の先生や一般のスキーヤーたちは、
 スキーを上達しよう、技術を向上させよう、
 スピードを速くしようという能力開発、
 能力伝達ということが求められているんですが、
 私が一番思っていたのは
 スキーという山の環境を伝えてゆこうということでした。

 山の環境とともに、その菅平スキー場でトレーニングをして、
 自分の体を実験台にして、
 どのくらいまで速度を上げられるのかということを考えました。
 トレーニングをする上で、
 スキー場というのは確かに高地にあります。
 高地で速く滑る、強く滑る、タイムを上げるためには、
 大腿部の足の筋力を太くする、
 大臀筋、背筋という体軸を支える骨格筋を太くしなければいけないんです。

 今から24〜25年前に、サラエボ・オリンピック大会がありました。
 そのときに、大回転で次点の選手がいました。
 オリンピックの代表選手として、
 旗を持って、開会式の行進には参加できなかったんです。
 でもユニフォームをもらって、
 6番目の選手として大回転のステージに臨むことになった。
 ところが大会が始まる1週間前、
 ユーゴスラビアの選手とスキー場で衝突し、
 ひざの内側、側副じん帯の断裂という経験をしました。
 実は私のことなのですが、
 22年間スキーしかやってこなかった選手が、
 コースを横切った心ない選手のおかげで、
 ひざの内側じん帯を損傷してもう試合には出られない。
 それの手術をするのに、カナダへ行きました。
 その名医というのはアメリカのUCLAの先生でしたが、
 その方が僕のひざの手術をしました。
 コンコンと病室に入ってきて、
 「ヘイ、優司どうだい。君の膝はもう選手としては使い物にならない。
 スキーのひざというのは圧力がかかったときに、
 足首はブーツで固定されている。
 ひざに約2トンの力がかかるが、
 その2トンの力を支えるだけのじん帯は、おまえのひざにはもうない。
 したがって、選手としては使い物にならない」。
 そう言われたときに、すべての人生を、
 人格を否定されたような気がしました。
 「おまえはもう生きてても意味ないよ」と言われたような気がしました。
 つらかったです。
 22年間ずっとスキー一筋でやってきて、
 その人格をすべて否定されたんですから。

 22歳ぐらいの若い選手です。
 体力も腕力もあります。
 カーテンを引きちぎり、ベットのシーツをまくり上げる、
 とんでもないやんちゃをします。
 看護婦さんがドクターを呼びに行って、
 「日本人が大変なことになっている、ドクター、来てくれ」。
 ドクターがつかつかと入って来て、
 「優司、これからリハビリテーションルームに行こう。
 おまえのひざをリハビリするためだから」
 といって、連れて行かれました。
 ガチャッと中をあけて見ると、
 小学校5年生か6年生ぐらいの子供が7人か8人、
 中で一生懸命リハビリをしています。
 その子供たちは手がない、片目がない、顔が半分ない、
 片足がない、両足がないという子供たちでした。

 さらに地雷のことも聞いたことがあると思います。
 ここにボルビックのボトルがありますが、
 キャップの下の部分くらいの大きさの地雷が地面に植わっています。
 このくらいで大体200円から300円でできる。
 その地雷が地面にこう植えてあります。
 その上にミニカーとかお人形が置いてある。
 わかります? 
 拾い上げるのは子供なんです。「あっ、ミニカーがあった」、
 バン、
 「あっ、お人形があった」、
 バン。
 そして、その地雷は殺傷能力の非常に弱いものなんです。
 人を殺すためのものではないんです。
 このくらいの、2センチから3センチくらいのふたの中に、
 約5ミリくらいに刻んだ針金が入っています。
 持ち上げた瞬間に、その針金が下からバーン。
 殺傷能力は低いので傷つけるためだけにある。
 子供はベトナムやアフガニスタンにとって非常に有益な労働力です。
 その労働力の片腕を取ってしまうだけで、
 2人分の労働力を消すことができる。
 残虐、情けないぐらい残虐です。

 リハビリルームでの片手がない子。
 針金が下からブワッと持ち上がったときに、
 どこに入るかというと、あごの下から、
 あるいは眼球の下から骨の内側に入ってしまう。
 上から落ちてくるものは頭蓋骨で防ぐことができます。
 あるいは手をこうやってかざせば、
 上から落ちてくるものに対してはよけることができるんですが、
 下から上がってくるものはよける場所がありません。
 あご関節の下から入ってあごの中に針金が10数本入っていても、
 手術ができないんです。
 眼球をつぶしてしまっても手術ができません。
 子供たちは必死にリハビリルームで一生懸命、
 ない手を使ってごはんを食べよう、
 ない足を使って歩こう、
 義足という装具というのをつけるための脚力を持たなければいけないんです。

 「優司、おまえは両目があるだろう、両耳があるだろう、
 しゃべれるだろう。
 この子たちを見てみろ。
 育てていかなければいけないんだよ、次の子供たちを。
 トレーナーという、体力向上という大事な仕事が、
 おまえには残されているじゃないか。
 部屋を片づけて、勉強しなさい」と言われて、
 その時初めて涙がとまらなくなりました。
 両手、両足がある、しゃべれる、考えられる、伝えられる、
 こんな能力を残してくれたのに、何をやっていたんだろう。
 そこから僕はトレーナーという仕事について、
 次の世代、次の子供たち、
 情報を知らない人たちに伝えていこうというのを、
 心に誓いました。

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